保険者に細胞・遺伝子治療 (CAGT)の価値を示す3つの有力なトレンド

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保険者に細胞・遺伝子治療 (CAGT)の価値を示す3つの有力なトレンド

細胞・遺伝子治療 (CAGT) は、既存の医薬品の評価、価格、償還に関する枠組みには適合していません。それはCAGT医薬品が生涯にわたる治療、あるいは耐久性のある疾患修飾作用をもたらすようにデザインされているためです。そのCAGT医薬品が年単位の予算で運用される医療市場に参入しています。保険者にとってCAGTのように1度限りの前払いの仕組みは、ほとんど前例がありません。新たな支払いモデルが登場しつつあるものの、はっきりとした解決策がないのが現状です。

代替評価項目使用の拡大

FDAの生物製剤評価研究センター (CBER) で責任者を務めるPeter Marksによれば、CAGTをいち早く患者さんに届けるためにFDAは迅速承認 (AA) や代替評価項目、バイオマーカーへの依存を強めていくと考えられています¹。パレクセルのデータでは、2017年から2022年までにFDAによって承認された12の新規CAGTのうち、2つが当初の適応症に対してAAプログラムを利用していました。

CAGTは短期間では評価できない長期的な効果であることが多いため、AAによる代替評価項目は患者さんの治療へのアクセスを促進する上で重要な存在になる可能性があります。たとえば、遺伝子療法により遺伝子異常が修復される場合、直ちに結果が現れるとは限らず、疾病の発症を予防または遅延させたり、長期的な治療効果が生じたりする可能性があります。開発者と医学・科学コミュニティがより多くの新たな代替評価項目やバイオマーカーを特定するにつれ、科学は規制および償還のインフラを上回るリスクに直面します。治験依頼者はそのリスクを積極的に管理できます。FDAがその問題に取り組んでいる間、保険者はその不確実性が解消されるのを待つことを選択するかもしれません。また科学的・臨床的理解が十分に整っていない段階では、「実験的な」代替評価項目に基づいて承認されたAA製品に償還を適用できないと主張し、患者さんと医療制度にとっての長期的価値を裏付ける、さらなるリアルワールドエビデンス (RWE) を求める可能性があります。  

遺伝子治療はこれからも新しい評価項目の限界に挑み続けていくと考えられます。たとえばSarepta Therapeutics社は、DMD遺伝子の変異が確認された歩行可能なデュシェンヌ型筋ジストロフィー (DMD) 患者を治療するための新しい遺伝子治療薬であるELEVIDYSが、FDAにより迅速承認されたことを発表しました。これは2023年6月22日のことです。Sarepta社は新規の代替評価項目であるマイクロジストロフィン発現を用いてSRP-9001を開発し、臨床的ベネフィットを持つ可能性が「合理的に高い」と述べています²。Sarepta社はジストロフィンを評価項目に用いることで、他の3つのDMD製品 (EXONDYS 51、AMONDYS 45、VYONDYS 53) でAAを獲得しました。ただし、マイクロジストロフィンは短縮された機能的なジストロフィンであり、フルサイズのジストロフィンは遺伝子治療では大きすぎて投与できません。このような新しい評価項目が検証され、規制当局に受け入れられていく中で、保険者はどのように対応するのでしょうか。 

潜在的なリスクや議論を管理するため、治験依頼者は患者報告アウトカム (PRO) データを収集し、エビデンス資料において医療的・経済的な幅広いコスト削減効果を定量化することで、新たな評価項目の科学的・臨床的な検証をより強固なものにすることができます。

もしHTAの決定が固定的なものではなく、リアルワールドデータが蓄積するにつれて変化する動的な文書であったら、どうなるでしょうか?

ダイナミックな医療技術評価の台頭

欧州では医療技術評価 (HTA) 機関によって上市が決まります。新製品がアンメットニーズに応えるものであるか、各国の標準治療 (SOC) に対して臨床的ベネフィットをもたらすものであるか、あるいは各国の医療制度にとって費用対効果が高いかどうかが、HTA機関によって判断されます。償還の交渉においては、臨床的ベネフィットの大きさと持続性が重要な情報となります。

CAGTに関しては衰弱性または高い罹患率の疾患を予防、または病状が安定したことを示すのに、数年から数十年かかる場合があります。長期転帰データがない場合、HTA機関は評価時点で得られているエビデンスに基づいて判断するため、医薬品の価値と影響を算定することができません。近年開催された業界カンファレンスでは、新たな視点と活発な議論が交わされています。たとえば、「HTAの決定が固定的なものではなく、リアルワールドデータが蓄積するにつれて進化するダイナミックな文書だとしたらどうなるか」という議論です。開発者は長期追跡試験またはレジストリ研究からのエビデンスを提出することができ、保険者はそれに応じてリスク ベネフィット プロファイルを調整することができます。

規制当局が代替評価項目を使用したCAGTをさらに承認する場合、進化する評価を用いてより迅速かつ正確に価値を捉え、患者さんの治療へのアクセスが向上する可能性があります。一部のHTA機関では、すでにセミ ダイナミックなアプローチが採用されています。特に英国抗癌剤基金 (CDF) は、英国国立医療技術評価機構 (NICE) によって当初却下された革新的ながん治療薬に対して、一時的な償還を提供しています。CDFはRWEの収集ルートも提供しています。もしデータに説得力があれば、NICEに再検討を求めることができます。2016年7月から2022年4月にかけて、CDFは53の製品へのアクセスを患者さんに提供しました。NICEはそのうち26品目を再評価し、22品目を国民保険制度 (NHS) における日常的な使用を承認しました。2022年6月、英国ではCAGTのような先進医療医薬品への条件付きアクセスを提供するため、がん治療薬を除く医薬品を対象とした同様の枠組みとして、革新的医薬品基金 (Innovative Medicines Fund) が設立されました。

2025年以降、EU全域にわたる共同臨床評価 (JCA) がCAGTの償還決定の基盤となります³。承認後に各国で収集されるRWEは、EU側の償還決定を支持するメカニズムとなる可能性があります。ダイナミックなHTA評価により、製品の効果を経時的に追跡し、疾患進行の遅延や有害事象の減少といった転帰を文書化することができ、1回限りの決定では難しいようなベネフィットを患者さんにもたらします。開発者は米臨床経済評価研究所 (ICER) のような費用対効果に関する米国の決定機関が、欧州の後に続くことを期待しています。 

弊社はCAGTのお客様に対し、患者さんの利益、科学の発展、医療費の賢明な使用をバランスよく考慮した市販後データの収集計画を策定するよう推奨しています。

希少疾患以外のCAGTに関する調査の増加

CAGT技術が狭心症、糖尿病、または前頭側頭型認知症など広範囲にわたる慢性疾患の治療に有効であることが実証された場合、より多くの患者さんが人生を変える治療にアクセスできるようになります。長期的な価値を実証することは、研究開発への投資とリスクに報いる価格設定の裏付けとなるかもしれませんが、有病率の高い集団を治療するCAGTの支払いコストは、医療制度と保険者を圧迫することになります。 

治験依頼者はSOCが存在する疾患に対して、過度に高価な薬剤を開発しないように戦略を立てる必要があります。たとえば生物製剤の分野では、高コレステロール血症の治療に使用されるPCSK9阻害剤は当初、効果の高いスタチンよりも割高な価格で販売されていました。その結果、保険者により書類作成や厳しい事前承認要件が課され、普及が遅れることになりました。やがて製薬会社は保険者のニーズを満たし、より幅広くアクセスできるように価格の大幅な引き下げを行いました。後になってみれば、治験依頼者が患者さんと医療提供者、保険者のニーズに寄り添って価格や価値、臨床エビデンスを適合させるような総合的なアプローチを取っていれば、この薬剤はもっと早期に普及していたかもしれません。

CAGTは新たな患者集団が使用する可能性がありますが、経済学者や保険者の視点から見ると、こうした集団すべてが等しく価値がある、または「適切」というわけではありません。たとえば患者さんの年齢が若いほど、その治療の生涯価値は高くなります。希少疾患に取り組む企業が慢性疾患の分野への進出を検討する際に、弊社は規制当局や保険者によりSOCに対する有効性、長期的な安全性、費用対効果の実証が要求されることについて注意を促します。CAGTが科学的に画期的であり、患者さんへのベネフィットを提供する場合であっても、この要件が免除されることはありません。これまでCAGTは、SOCが存在しない、またはSOCが高価で不十分である疾患 (血友病やSMAなど) に対応してきました。費用対効果に優れた既存の治療が存在する有病率の高い慢性疾患については、算定方法が大きく異なります。

CAGTの適応症が希少疾患以外に拡大するにつれて、競争が激化することが予測されます。パレクセルのデータによると、2017年から2022年 (n=18) の間にFDAにより承認されたすべての新規のCAGTと追加の適応症は、希少疾患の指定を受けていました。もし2つ以上の治療法が互いに6ヵ月以内に上市される場合、保険者はそれらの治療法が比較されるのを待ってから、保険適用を決定したいと考えるでしょうか?それに応じて治療法の評価が遅くなるのでしょうか?そうしたシナリオでは治療法が独占されるのではなく、市場競争が生まれることになります。さらに、より安全な送達技術や遺伝子編集プラットフォーム (CRISPRなど) により、第2世代および第3世代の製品が、より低コストで持続的な成果を達成することが可能になるかもしれません。

弊社はお客様に対して、優れた転帰を実証して患者さんの治療へのアクセスを確保し、医療制度に対する価値を提供して上市を推進するため、開発の最初の段階から患者さん、規制当局、保険者と積極的に関わることを推奨しています。

Contributing Expert

  1. https://investorrelations.sarepta.com/news-releases/news-release-details/sarepta-therapeutics-announces-fda-approval-elevidys-first-gene
  2. “Sarepta Therapeutics Announces Positive Vote from U.S. FDA Advisory Committee for SRP-9001 Gene Therapy to Treat Duchenne Muscular Dystrophy” (2023) www.sarepta.com. Sarepta Therapeutics. Available at: https://investorrelations.sarepta.com/news-releases/news-release-details/sarepta-therapeutics-announces-positive-vote-us-fda-advisory (Accessed: May 16, 2023).
  3. Regulation (EU) 2021/2282 on health technology assessment (2021) eur-lex.europa.eu. Directorate-General for Health and Food Safety, European Parliament. Available at: https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/ALL/?uri=CELEX%3A32021R2282 (Accessed: April 18, 2023). EUR-Lex - 32021R2282 - EN - EUR-Lex